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手伝い地蔵(横手市雄物川町柏木)

 雄物川町柏木の集落は小高い所にあった。近くの道地や西野からすれば、五間(一○メートル)も高く、台地上に広がる田んぼであった。いきおい、水の流れもままならず、稲作りは困難をきわめた。
ある冬の夜半、日夜水利で頭を痛めていた庄屋が、信心する稲荷様のお告げを受けた。隣村の植田村から落ち水を引けとのご宣託。はたと思案すると、そこからは容易に水が引く事が出来そうだ。
  長い冬も終わった。春になると村中総出で堰普にかかった。老いも若きも、朝から夕方まで汗を流 請した。 照る日曇る日、堰普請が続けられたが、その作業に一人の不思議な男がまじっていた。
 村人のだれも知らない男であった。浅黒い顔。背はずんぐりし、肩巾は広く、頑丈な体格の持ち主であった。
 男は、朝はだれよりも早く来て、夕方は一番遅く 帰るのが常であった。 ある時、そばで藪を払っていた太郎兵衛オドが、 あやまって男の額に傷をつけてしまった。
「悪い 悪い」
 太郎兵衛オドは小さくなって謝ったが、男は「いいよ、いいよ」と、何事もなく笑い、腰の手 拭いで鉢巻をしただけで、そのままいつものように鍬をふるいはじめた。
さしもの難工事も、やがて終わった。見知らぬ男の姿は村から消え、やがて忘れ去られてしまった。
 その年の秋、潤沢な水が村の田川に流れ、大豊作であった。
秋祭りも近い。庄屋は森の神社と観音様の掃除に出かけ、ついでに地蔵堂も掃き清めた。そして古くなった地蔵様の頭巾を変えようとして、額を見たところ、新しい傷がついている。
「はて、こんな所に傷は無かったはずだが...」
 庄屋は深くいぶかしんだが、はっと、雷にでも打たれたように思い当たった。堰普請の時に現れた見知らぬ男にそっくりではないか。
「あの時の手助けはお地蔵様 でしたか。もったいない事を、もったいない事を...」
 庄屋は、堂内の板の間にひれ伏して、ボロボロ涙を流した。あまりの有り難さに、顔など上げる事は出来なかった。
 遅い庄屋を案じて、村人たちが集まって来た。そして一様に地蔵様の傷を見つけて、息をのむばかりであった。



柏木村の草創(誕生)は、元和二年(一六一六) と言われている。柏の木の多い土地だったので、 地名に転じたのだろう。史書によると、その後村の戸数は四十二軒まで増加をつづけ、人口も二〜三百余人を数えたと語られる。植田の落水場も、沼尻集落の薬師寺沼だとも言われ、沼尻、源太左馬、根木場、下村、西野と、その延長は二里(八キロ)にもおよんだ。一説によると、この通水工事は、平安時代のはじめ、延喜三年(九○三)頃だったとも郷土史は伝えている。 (ほ)

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